「 ― あのね。南の方の、海の水が何もないみたいに
透明なところまで行くとね、生き神様のいる島が
あるんだ。そういう神様は、大体、女の人でね、
占いをしたりする。人の幸不幸から、一年の収穫まで
予言する。当たることも、はずれることもある。 ―島の
人達は、その女を神様と呼ぶ。でも、神様は、金殿玉楼に
住んでいるわけじゃないんだ。島でも一番みすぼらしい、
雨漏りのするような小屋にいる。普段は物乞いをして、
やっと飢えをしのいでいるんだよ」
「自分に何が出来る? そう自問した時、どんな人間よりも
貧しい生活を送るのは、神様が自分に科す、至極、誠実な罰
じゃないかな。 ― 俺はね、そういう神様となら、手を
取り合って泣ける気がする」
「 ― 神っていうのは、限りなく無力で、哀れなんだろうな。
だからこそ、その悲しみを知る目で、人を見つめる。 ― そう
いう目で見つめられるから、人は救いを感じられるんじゃないかな」 「玻璃の天」
『玻璃の天』(北村薫)
『街の灯』につづくシリーズ2巻目。
その終りのほうで、登場人物のひとりが語ったことば。
遠藤周作のキリスト教関連の作品を読んだときのような印象がある。
『街の灯』の感想(
#1や
#2)を読み返した。
今回のとはずいぶんちがう気もするけれど、
内容を忘れてるから、再読すればまた変わるかもしれない。